残しておきたい福祉ニュース 1996〜社会福祉のニュース

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残しておきたい福祉ニュース

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 2016. 2. 6 3人転落死は迷宮入りか 川崎市「Sアミーユ川崎幸町」
 2016. 2. 7 <グループホーム火災3年>捜査見守る遺族ら「責任明確に」 ベルハウス東山手
 2016. 2.18 川崎老人ホーム連続殺人  入居費は高額、職員は薄給 高級老人ホームは「格差の館」


■2016.2.6  3人転落死は迷宮入りか 川崎市「Sアミーユ川崎幸町」
川崎市健康福祉局長寿社会部高齢者事業推進課は昨年12月21日、同市幸区内の有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護施設)である「Sアミーユ川崎幸町」(同市幸区幸町2-632-1)において、一昨年12月までの2ヵ月間に入居者3人が相次いでベランダから転落死したほか、別の女性入所者への虐待や窃盗などの事実が明るみに出るなど問題が相次いだことを受けて、その運営会社「積和サポートシステム」(岩本隆博社長、東京都中央区日本橋小伝馬町13-4)の幹部を市役所に呼び、市への介護報酬請求と入所者の自己負担分の請求を今年2月1日から4月30日までの3ヵ月間停止させる処分の「指令書」を手渡した。

Sアミーユ川崎幸町の一連の問題をめぐって川崎市では、ベランダからの転落事故の続出のほか、職員による入所者への虐待や窃盗が明るみに出たことをうけて、昨年9月から10月にかけて、施設に立ち入っての介護保険法に基づく監査を実施。その結果をふまえた聴聞などを通じて施設側が正確に事実関係を把握できずに十分な対策も講じなかったと判断し、介護保険法に基づいて全部効力停止の処分を今回くだしたことになる。

Sアミーユ川崎幸町に関連しては、一昨年11月4日から12月31日までの間に当時85歳から96歳までの男女3人の入居者が、相次いで同一方向の居室ベランダから転落死していたことが昨夏に明らかになり、以降、週刊誌などの「犯人捜し」の過熱報道などで一大スキャンダルに発展。転落死した3人のうち85歳男性入所者と86歳女性入所者はおなじ4階の居室から、また96歳女性入所者は6階の部屋(自らの居室とは別)から落下していた。それぞれ当時の行政も警察も事件性の認識が乏しく、各遺体とも司法解剖などはなされなかった。

入所者3人が落下したのは同じ建物南西側1階の中庭だったこともその奇異さを増した。各居室ベランダには1メートル20センチの手すりが設置されていたが、いずれも午前1時半ごろから4時ごろまでの未明の時間帯に集中していた。当時はRC造6階建ての施設80室(1階:7名、2〜3階:各19名、4階:9名、5階:14名、6階:12名)の各個室がほぼ満室。夜勤には原則として3人の介護職員が就いていた。いずれも各個室内などから遺書なども見つかっていない。3人は要介護度が2〜3で認知症を患っていたが、意識などはしっかりとして買い物など日常生活もこなす人も含まれていて、遺族らの施設への不信感はいまも強い。

3人が転落死した際のいずれも当直夜勤者として現場に居合わせた当時23歳の男性介護職員(救急救命士資格者)=横浜市神奈川区在住=が注目を浴び、当の本人が週刊誌上で「犯人視報道」に真っ向からインタビュー反論して混乱したような経緯もある。この23歳介護職員は昨年5月、入居者たちから金銭や貴金属合わせて約200万円余を盗んだ疑いで神奈川県警に逮捕されて懲戒解雇。昨年9月には横浜地方裁判所川崎支部から、懲役2年6ヵ月執行猶予4年(求刑懲役3年)の判決もうけている。

この地裁判決によると、昨年1月から5月にかけて、入所者3人の居室から現金11万6,000円と指輪など4点(68万円相当)を盗み、マスターキーを持ち出して窃盗を繰り返していた点について「犯行態様が狡猾で被害も甚大だ」など指弾された。この介護職員がかかわったとされる19件の窃盗事件のうち16件についてはすでに示談が成立し、218万円の示談金を支払っていることなどから執行猶予判決が相当とされた。

その一方で、転落事故当時、行政、警察とも事件性認識が乏しかったこともあり、事件性などを証明する目ぼしい物証は残っておらず、遺体も司法解剖されなかったことが今になって転落事故捜査に支障を来たしているもよう。いまも神奈川県警では転落死を事件と事故の両面で慎重に調べているとするが、23歳元介護職員へのスクラム報道が過熱した影響もあり、その立件化には難航が予想される。

このほかSアミーユ川崎幸町では、別の男性介護士ら4人が昨年6月、入居している85歳女性を虐待していたことも、家族による撮影画像から別途明るみに出た。被害者長男により部屋内を撮影した映像には、男性介護士1人がベッドに座る女性をにらみつけながら「うるせえなぁ本当に」などとつぶやき、女性の頭に布団を故意にかぶせる場面や「うるさいババア黙れ」「汚ねえなぁババア」などの暴言も。さらに被害女性を抱え上げて投げるようにしてベッド上に移動する様子までもが映っていた。なお当初家族は室内でのICレコーダー録音による暴行記録をもとに改善を訴えたが、Sアミーユ川崎幸町の幹部から相手にされなかったと証言する。

これらの映像がネットに流出して話題になったこともあり、施設側も姿勢を改めざるを得なくなり、神奈川県警捜査1課と川崎幸警察署もついに昨年12月11日、女性入居者に暴行を加えたなどとして、元介護職員の男性(28)を暴行の容疑で、また37歳と23歳の元職員の男性2人を偽計業務妨害の疑いで、それぞれ書類送検した。送検容疑としては、28歳の元職員は昨年6月、女性の頭をたたいたほか首をつかむなどの暴行を加えていた。ほかの元職員2人は昨年6月、ナースコールの配線を外して鳴らないようにしていた。4人とも施設からは退職しているという。

これに遡ること昨年11月13日には、厚生労働省老健局総務課介護保険指導室および東京都福祉保健局が、実質的な施設運営をする元親会社の株式会社メッセージ(橋下俊明会長・佐藤俊雄社長、積水ハウス49%出資)にも業務改善勧告。同社の関東オフィス(東京都中央区)や岡山市内の本社(同市南区西市522-1)にも立ち入り調査を行なった。ちなみにジャスダック上場企業である介護事業国内第3位のメッセージグループは、「コムスン」承継企業である「ジャパンケアサービス」などを子会社化し、いまやニチイ・ベネッセに次ぐ介護業界トップ3に入る大手資本として急成長して現在にいたっている。

こうした厚労省や都の勧告をうけてメッセージ社では昨年12月7日、内部組織された第三者調査委員会によるアンケート調査の結果を公表。過去2年間に新たに81件の虐待が判明したと報告するとともに、昨年12月18日には役員6人の処分を発表。橋本俊明会長を今年6月の株主総会まで無報酬、佐藤俊雄社長の月額報酬を半額、取締役・監査役の計4人は同20%減とした。なお橋本会長と佐藤社長は一時辞意を表明していたが、弁護士らでつくる処分検討委員会は「再発防止策・再建策を徹底し、株主総会の判断に従うべき」として、いったん辞意を撤回し、当分は交代人事などはないとしている。

なお、昨年12月21日にSアミーユ川崎幸町へ今回の処分をくだした川崎市高齢者事業推進課では、その処分理由として、(1)職員による入居者への暴行・暴言などの虐待行為、(2)職員が入居者の金品を盗む事件の発生、(3)入居者がベランダから転落死、(4)この3事例に関する対策の不備――などを挙げている。また、この日に処分を受けた積和サポートシステムの中坪良太郎取締役は取材にこたえて「当社の運営に問題があったと認識し、処分を重く受け止めたい。サービスを落とさず運営を続けられるよう改善を進めていきたい」などと釈明の弁を述べていた。

以下、今回の川崎市による処分内容や処分理由・処分期間遵守事項など詳細は次のとおり。

【処分内容】

行政に寄せられた情報を基に、介護保険法に基づく監査を実施した結果、介護職員による入居者に対する虐待や窃盗事件、ベランダからの転落事故などの事件・事故が短期間のうちに多数発生し、いずれも重大な結果を招いていることを踏まえ、介護保険法第77条第1項第5号および第115条の9第4号に基づき、積和サポートシステム株式会社が運営する「Sアミーユ川崎幸町」について、介護保険事業所の全部効力停止の処分を行ないました。

【処分期間】

平成28年2月1日から平成28年4月30日まで

【処分の理由】

(1)入居者に対する虐待

介護職員が一人の入居者に対して、暴行を加える、暴言を発する等の虐待を複数回行なっていた。また、この様な行為を管理者が把握しておらず、対策を講じていなかった。

(2)介護職員による窃盗事件

介護職員が施設内で複数の入居者の金銭や貴金属を窃取していた。また、当該行為が行なわれた期間に、当該入居者からの相談を、事故または苦情として処理し、有効な対策を講じていなかった。

(3)ベランダからの転落事故

転落事故が連続して発生し、有効な対策が講じられていなかった等、業務管理体制が不適切であった。

【処分期間中の遵守事項】

(1)入居者および家族に対して本処分に至った経緯や処分内容を十分に説明し、理解を得ること。

(2)入居者および家族の意思に反して、施設から退居させないこと。

(3)処分期間中は、従来提供していたサービスと同様のサービスを提供すること。

(4)処分期間中は、介護保険の利用者負担の徴収はできないものであること。

■川崎市「指定(介護予防)特定施設入居者生活介護事業所の全部効力停止について」
http://www.city.kawasaki.jp/templates/press/350/0000073337.html

■川崎市「有料老人ホームの監査結果について」
http://www.city.kawasaki.jp/templates/press/350/0000072570.html

■株式会社メッセージ「役員の処分及び新組織体制に関するお知らせ」「第三者調査委員会による調査結果及び対応等に関するお知らせ」
http://www.s-amille.jp/index.html

■一般合同労働組合東京北部ユニオンアミーユ支部「Sアミーユ川崎幸町での転落死亡など一連の事故についての声明」
http://rentaiunion2007.blog105.fc2.com/blog-entry-434.html

■2016.2.7  <グループホーム火災3年>捜査見守る遺族ら「責任明確に」 ベルハウス東山手
入所者ら5人が死亡した長崎市のグループホーム「ベルハウス東山手」の火災から8日で3年となる。火元は入所者の部屋にあったリコール(回収)対象の加湿器であることが分かっているが、防火扉の不備などから被害が拡大した可能性もあり、長崎県警は業務上過失致死傷などの容疑で捜査を続ける。「責任をうやむやにしてほしくない」。気持ちの整理のつかないまま、遺族らは捜査の行方を見守る。

入所者だった伯母の井上ハツコさん(当時86歳)を亡くした大工の飯田光一さん(58)=長崎県雲仙市=は「周りに気を配る優しい人だった」としのぶ。

ベルハウスは初期消火に効果があるスプリンクラーの設置が義務づけられていない施設だった。それでも飯田さんは「施設はお年寄りの命を預かっている。スプリンクラーの設置や(加湿器などの)備品管理は当たり前ではないか。悔しい」と語る。経営会社に対しても「納得のいく説明がない」と不信感を抱く。

飯田さんは年に数回、長女このみさん(19)と共に入所中の井上さんを訪ねた。このみさんは火災当時、高校1年生だった。自宅でテレビを見ていると火災のニュースが流れた。「おばちゃんがおるとこやん」。亡くなったことを知り、涙が止まらなかった。

福祉の仕事に就くのが夢だったが、責任の重さを感じるようになり、迷いが生じた。それでも「『ありがとう』って言ってもらえる仕事。やりがいがある」と昨春、地元の老人福祉施設に就職した。常にいざという時のことを考え働く日々だ。「これ以上、自分たちのような遺族を増やさないために」

火災は2013年2月8日、2階の入所者の部屋から出火し、5人が死亡、7人が負傷した。消防庁は14年3月、原因をTDKの加湿器(KS−500H)と特定した。当時、リコール対象だった。15年末までに約1万6000台が回収されたが、約4900台は未回収だ。

ベルハウスは3階建ての旅館として1965年に建設。88年に4階部分を無認可で増築し、「耐火構造物」の条件を満たしていなかった。また、各居室の排煙窓が規定より小さいことや、3階に防火扉がなく、他階の防火扉も自動で閉まらないなど、建築基準法に違反していた。

捜査関係者によると、刑事事件化に不可欠な、施設側の不備と被害拡大の因果関係の立証が難しい。元々の出火原因が加湿器にあったこともあり、立件のハードルは高いとみられる。

◇スプリンクラー設置 「行政と協議の場を」

相次ぐグループホーム(GH)火災を受け、2015年4月、全ての新設GHにスプリンクラー設置を義務づける改正消防法施行令が施行された。既設分についても17年度末までの設置が義務づけられた。

スプリンクラー未設置のGHでは悲劇が繰り返されてきた。延べ床面積1000平方メートル未満に設置義務がなかった06年、長崎県大村市の「やすらぎの里」(約280平方メートル)で7人が死亡した。09年に275平方メートル未満と変更されたが、10年に7人が死亡した札幌市の「みらいとんでん」(約250平方メートル)、13年に5人死亡の「ベルハウス東山手」(約260平方メートル)も設置義務がなかった。

現在、長崎県では全334施設、福岡県でも全655施設(いずれも既設を含む)で設置を終えた。他県でも設置が進むが、多額の費用がかかり借金で賄うGHも少なくない。

長崎市で二つのGHを経営する江口孝則社長(68)は「借金を返すのに10年はかかる」と言う。江口さんは(1)古い電化製品を持ち込ませない(2)布団を防炎素材のものに変える−−などの対策を取るが「負担が重すぎる。現場と行政が安全対策や助成について話す場が必要だ」と訴える。

◇「ベルハウス東山手」の火災と行政の主な動き

<2013年>

2月 火災発生。3月までに5人死亡

6月 長崎市が施設の規模に関係なく新設のGH全てにスプリンクラーの設置を義務づけるよう条例改正(既設は努力義務)

9月 消防庁の検討部会が全GHへのスプリンクラー設置の義務づけなどを提言

<15年>

4月 施設の規模に関係なく全GHへのスプリンクラーの設置を義務づける改正消防法施行令施行(既設も17年度末までの対応を義務づけ)

■2016.2.18  川崎老人ホーム連続殺人  入居費は高額、職員は薄給 高級老人ホームは「格差の館」
殺人の疑いで逮捕された今井隼人容疑者は、高校を卒業し医療系専門学校で救命救急士の資格を取って2014年4月からSアミーユ川崎幸町で働いていた。この施設は認知症など要支援1以上の利用者を対象にする介護施設だが、介護士の資格がない人も雇っていた。

高齢化の進展で老人施設は2015年に全国で1万2400ヵ所に増えたが、介護人材の確保が追い付かない。人が足りなければ給与が上がるのが経済原則だが、介護職場は低賃金労働で知られている。

「男性職員に寿退職が目立つのが特徴です。結婚して家庭を持てば、介護職では共働きでも家族を養うのは無理というのが実情です」
職場経験のある人は言う。介護には体力も必要だ。一人身でいる若いうちはできても、長く続けられるか。気持ちだけでは続かない仕事でもある。

似た構造が幼児を預かる保育所でも指摘され、一部の施設で暴力やネグレクトが問題になっている。だが未来のある幼児には特有の愛らしさがあるが、日々衰えていく老人向けの施設には未来への明るさがない。

認知症や寝たきり老人を支える仕事は精神的にも辛い。暴言を浴びたり、認知症患者への対応は心が折れる時がある、という。
「介護は気持ちが表れる仕事なので入居者との人間関係が大事です。経験が足りないと面食らい、相手の人格を尊重できなくなり問題行動が起きる」
と前出の関係者はいう。入浴の世話や、オムツ換え、苦情の対応、と忙しく立ち働いているうちに、老人の人格が見えなくなり、自分を追い詰める「厄介者」と映ることもある。肉体的にもつらい環境の中で精神のバランスを崩す職員は少なくない。

介護は「きつい、つらい、安い仕事」とさえ言われているが、政府は昨年、介護保険から支払われる介護報酬を減額した。税と社会保障の一体改革の一環。緊縮財政が職員給与を押し下げる力となっている。

逮捕された今井容疑者は、介護士の資格がない。仕事に就いたばかりで、手取り給与は20万円足らず。「辛かった」と供述している夜勤は月に5回はある。深夜にコールが鳴り、オムツ換えやトイレの付き添いに走り回っても、あちこちから苦情が出る。そんな夜勤の日に事件は起きた。

Sアミューズ川崎幸町のホームページによると、入居資格は要支援1以上の障がいがある人。「入居頭金ゼロ」で7畳ほどの個室に入れるのが売りだが、月の費用は22万1700円(賃料・管理費・食費)。この上にさまざまな経費が上乗せされる。等級ごとに介護保険の1割負担があり、被害者の丑沢さんの場合、月額2万2726円。医療費・薬代、おむつ代、行事参加費などが加算され、おおむね月に30万円程度の費用が必要だ。

これだけの費用を年金で賄える人は稀だろう。サラリーマンなら年収1500万円は必要だ。十分な貯蓄や首都圏に持ち家があったり、経済力ある親族がいるなど恵まれた条件がなければ個室の介護施設に入所できない。

Sアミーユ川崎幸町は、豊かな老人を薄給の若者が介護する「格差の館」でもあった。


● 親から子へ「格差の固定化」で 日本は次第に階級社会へ? 

NHKで放送中の英国ドラマ「ダウントン・アービー」は第一次大戦前後の貴族の暮らしを描いたものだ。人に序列があり立ち居振る舞いまで異なる英国では、階級による差別は社会秩序に組み込まれている。戦後民主主義で高度成長を駆け上がった日本は、いま「一億総中流」の崩壊があちこちにひずみを生じている。所得や教育の差が、子世代に受け継がれる「格差の固定化」である。

階級社会では下層の市民が裕福な貴族に仕えるが、Sアミーユのような現象は、日本も次第に階級社会へと進んでいることの現れかもしれない。少子化・高齢化が進めば、次は外国人労働者を受け入れて介護や家事労働を担ってもらうことになる。

農業や漁業の現場で便利に使われている外国人研修生のように、「外国人だから(口実は研修生だから)安く使える」という人の差別化が始まろうとしている。

介護職は安い労働と位置付けられ、就くのは低所得層か外国人という階層化が進むかもしれない。

企業経営者なら「今更の話ではない」と思うだろう。日本の製造業は安い労働力を求めてアジアや中国に進出した。国際競争を勝ち抜くため、人件費の安い国に生産を移転させた。その結果、国内の労働者が外国の安い労働力と競争させられた。高い賃上げを要求すると、外国に職場を奪われる。自動車・家電などが次々と日本から離れる産業の国際化は国内賃金を抑え込み、GDPの6割あまりを占める個人消費を湿らせた。

それが不況の主因ということに、安倍首相は今になって気づいた。企業が儲けても賃金として支払われなければ国内消費は盛り上がらない。生産が増えなければカネは国内に回らない。首相は「賃上げと設備投資を」と財界に要請している。だが、経営者には企業の論理がある。一時、収益が好転したからといって賃金水準を上げると、将来の重荷になる。景気の変化に対応できる柔軟性を確保するには、賃上げは避けたい。好況の時は非正規社員を増やし、不況になったら雇い止めできるようにするのが合理的だ、と考えている。

経営者の立場ならそうだろう。政権はその言い分を聞いて「改正労働者派遣法」など、財界が望む政策を行ってきた。その結果、非正規労働者が全従業員の40%に広がり、正社員になれない若者が増えた。正社員と非正規社員の生涯給与は倍以上の開きがあり、若者世代に将来不安を広げた。


● 経済政策は大企業の後押しばかり 社会構造の変化には手当てなし
労働者の立場が悪い現実は、介護職場でも待遇改善まで妨げている。

長引く不況の主因は国内消費が振るわず、カネが国内に回らないことにある。「お願い」ではなく、若者が将来に希望を描けるような安定した雇用をたくさん作ることが政治の目標であるはずだ。

強い企業は世界展開することで儲ける。グローバル化に伴い国内はリストラされた。その被害を受けたのは一部の高齢者と若者である。退職に応じても条件のいい再就職先はない。健康な時はいいが、体調を崩したりすると暮らしはたちまち変調する。企業に長く勤めることを前提に制度ができている日本の社会福祉は、企業から離れると支えを失う。「下流老人」という層が長期停滞の中で形成された。この間、企業経営はひたすら人減らしで経営の好転を目指した。手っ取り早い方法が新規採用の絞り込みである。穴が開いた職場は非正規で埋める。高齢化社会を支える重要な役割を担うべき若者世代は、粗略な扱いを受けたのである。

15日の朝日新聞が報じていたが、法人減税の恩恵を受けているのは海外展開に力を入れる大企業ばかり。国内で雇用を維持しているのは中小企業やサービス業である。にもかかわらず政府の産業政策は、高度成長の名残を引きずる大企業の後押しだ。

貯蓄を持つ老人は消費者として活躍してもらわなければならない。高齢者市場が大きくなれば若者の雇用も広がる。社会構造の変化に対応する政策はなく、安倍首相が採用したのは日銀が国債を買い上げ銀行に資金を注入する「異次元の金融緩和」だった。

お手本はまたアメリカだ。2008年に住宅バブルが弾けたアメリカの、窮余の一策が「金融の量的緩和」だった。資金繰りが危うくなった銀行や企業を救済するため、中央銀行であるFRBが3度にわたり計3兆ドルを超える資金を放出した。

この資金は米国の銀行を通じ中南米やアジア、中国などに流れ込み、新興国への投資ブームを起こした。経済が落ち込んだら金融を緩和すれば景気はよくなる、という古典的な経済原理に沿った政策だが、先進国への効果は鈍くなっている。

金融緩和はカネが不足している経済には効くが、カネ余りが常態化する地域には効き目が薄い。典型が日本だ。前回にも書いたが2013年に始まった黒田緩和で200兆円を超える日銀マネーが放出されが、ほとんどが日銀の中に溜まっている。銀行が資金決済する当座預金に預けたままになっているのだ。だから当座預金の金利をマイナスにして追い出しにかかったのが今回の措置だ。


● 金融資本主義は早晩行き詰まる 日本がとるべき道は一つ
まともな資金需要がないからカネがあっても貸せない。そんな現象が日本で起きているのは二つの理由がある。ドルのように世界で流通する基軸通貨ではない「円の限界」。もう一つが「バブルの教訓」である。

1980年代に起きた金融バブルを体験した人たちが経営トップに居る。日銀マネーが注入されようが危ない融資はできない、という節度がまだある。

アメリカはそうではない。リーマンショックで懲りてはいない。危ない貸し先こそおいしい。バブルが弾けるギリギリまで儲け話に食らいつき、弾けそうになったらいち早く逃げる。それが金融の醍醐味と考えるマネーハンターが少なくない。

発展の余地のある途上国で有効需要を創り出せば世界経済は活性化する、という作戦は当たったが、一方で危ない事業や投機にカネが流れた。ハイリスク投資は経済が回っているうちは高いリターンが得られる。リーマンショックの引き金を引いたサブプライムローンのような、金融工学を駆使した怪しげな金融商品が隠れているのだろう。

金融緩和が長く続くと必ず不良債権が増える。それは過去の実績が物語っている。緩和マネーは使い道を選ばない。ハイリスク投資はカネが付いてくる限り損害は表に出ない。金融が締まり、資金が逆流すると一気に表面化する。

FRBは金融緩和が危険水域に入ったから量的緩和を止め、金利引き締めに転じた。だが、まだ本格的な引き締めには踏み込めない。緩和の副作用が噴き出せば、今でさえ不安定な世界経済の屋台骨が揺らぐことを心配している。

リーマンショックの余波は終わっていない。米国の金融緩和と中国の財政出動で世界の需要を支えたが、その無理がいま反動となって世界を揺さぶっている。市場の値動きが大きいのは投資家がおろおろしていることの表れだ。

金融は痛みを和らげることはできても、経済を変えることはできない。黒田緩和の失敗が物語っている。アメリカ発のマネーが新興国で焦げ付くのは時間の問題だろう。中国での調整も始まった。

問題はマネーで解決できる、という拝金的な経済政策が世界規模で行き詰まっているのだ。日本が取るべき道は一つ。国内にカネを回すこと。そのためには労働者の賃金を上げ、若者が暮らしの安定と将来の希望を見出せる社会をつくることだ。

Sアミーユが見せつけた悲惨な現実は、格差を広げる成長戦略より分配構造の見直しが大事だ、という警鐘と受け止めたい。
金融頼みで失敗したアベノミクスは終わった。次の政権の課題が見えてきたように思う。

 

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